才能という概念について   


最近、エキサイトブログにもいろいろと機能が充実してきた気がする。

052.gif  (°ロ° )?

こんなキラリと輝くアイコンを見つけたので、カーソルを合わせてみると

「エモーティコン画像」なんて書いてあったから、使ってみた。

021.gif ←たとえばこれ。

これは「だ~!」という絵文字らしい。僕のイメージした表現とはかけ離れていたが汗

ヤフーメールとかではよく見るような絵文字だが、

やっぱりケータイっぽく書けることが今のニーズなんだろうか?

どうも!高見スミスです。

また最近、気になっていたことを書こうと思います。

これです。急な展開申し訳ない(^皿^;)


● 自分の才能って何だろう? ●


自分の才能とは何だろうか?

これは考えたことがある人も少なくはないのでは。

「人間誰しもとりえがある」

こんな言葉を聞いたことはあるだろう。

これを「才能」という意味でとらえた、

じゃあ自分のそれって何なんだろうか。

もしかしたら、もう既に出会っている人もいるかもしれない。

出会ってても、それに気づいてない人もいるかもしれない。

一生見つからないで、人生を終える人だっているかもしれない。



これほど曖昧な要素もなかなか無いと思う。

なぜならこれは「努力」という要素と混じり合ってしまうものだからだ。

シアトルマリナーズのイチロー選手を例として見てみる。

ある解説者の話である。

「イチローは素質だけを見れば、ごく一般的なプロ選手と同じくらいだ。

しかし、彼は努力によって一流となった。」

簡単にまとめると、こういうことを言っていた。

僕の知っている限りでは、小学生の頃から毎日バッティングセンターに通い、

140km台の球をケージから2、3歩前に出て、打っていたそうで、

365日中、友達と遊べる日が、5日くらいしかなかったそうだ。


歌手のコブクロの背の高いボーカル、黒田さん。

彼はすごく伸びのある声で、歌がうまいと誰しも思うだろう。

しかし、裏では莫大な練習量があった。

プロの歌手でも、カラオケは非常にいい練習になるというのだが、

高校生の時、1週間の半分はカラオケで歌い、

専門学校生だったときも、カラオケでバイトしながら、

終わると1人で5時間もやっていたそうだ。

しかし、この話は結局のところ、皆才能どうこう考えているのではなかったのだろう。

「好き」という気持ちがあってこその努力だったと思う。

むしろ好きだったからこそ、努力とは本人自身とらえてないのではないか。

「好きこそものの、上手なれ」とはよく言ったものだと思う。

いくら才能を見つけて、たとえ自覚できていたとしても、

もしそれが嫌いだったら、才能を見つけても素直には喜べないのかもしれない。



話はそれたが、それだけ伸ばしようがあり、曖昧になってくる要素なのだ。

逆にいえば、ある程度磨いてみないとわからないものでもあるのではないか。

スポーツなどで世界のトップを目指す、という話から例えると、

ひたすら練習してトップを取れる人もいれば、結果を残せない人もいるだろう。

ダメだった時、ひたすら練習した上で、「自分にはその才能がなかった」と

思ったとしても、そこまでやらないとわからない。


ここまで、かなり好きなように書いてきたが、

結局のところ、才能なんて意識してわかるものじゃない。

開花して、成功して、万人にそこで初めてわかるものだ。

評価された当事者は、

努力(一般的に見たとらえ方)がなければここまで自分は成ってなかった、

とも思っているだろう。

結論、

才能とは、センス+努力。


文章は書きたいことをとにかく優先して書いたので、支離滅裂…汗

でも、伝えたいことが伝わってくれれば、もうそれでいいです汗

ブログですから!

それでは、すいません(^皿^;)

でも、好きなことを職業にできてるっていいなぁ…



僕の才能は何なんだろう…?
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by takami-smith | 2007-12-27 12:27 | 思うこと

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